マレーシア・シンガポールさんぽ Day3 ー ボーダーを超えて行く
シンガポールからマレーシアに入国すると明らかにマレーシアとは違う都会の雰囲気を感じます。ここは、整然と規律で管理された国、アジアの中心として、色々な種類のアジア人、欧米人が入り混じっています。
シンガポールは、地下鉄のエスカレーターの速さも違います。すべてのエスカレーターが、東京メトロ副都心線のホームから地上に上がるまたは降りるエスカレーター級の速さで動きます。
【シンガポールでのお夕食】
団体ツアーの食事は経費削減対象なので、仕方ありません。お昼のヒルトンと比べると悲しい感じになりますが、誰のディナーショー会場かという場所で、中華料理ディナーです。シンガポールでは一般的な結婚式場だそうです。ここで注文されたビール代も込み込みでこのツアーが企画されているので、飲みたい人はどんどん注文してくださいませという優しい気持ちで持ち直します。
団体ツアーの苦手な点の一つ、他のツアー客とともに食事をとらなくてはならないことです。ポジショニングを間違いますと、大変不愉快な思いをします。明日のチリクラブのディナーの際に、待っている出来事をこの時の私は知る由もありませんでした。
【夜のマリーナ・ベイ・サンズ】
この日は自由時間があったので、夕食後マリーナベイサンズまで夜の散歩に行きました。MRTに乗ってタンジョンバガー駅からベイフロント駅まで行くと、そこはライトアップが美しい、シンガポールのベイエリアが広がっています。
ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのスーパーツリーのショーは、音楽に合わせて光の色が変わったり、点灯したり美しいファンタジーの世界観を感じます。イルミネーションというと冬の様にも感じますが、ここは赤道近くの南国、花火大会のよう。昼間より涼しいけれど、蒸し暑い空気の中、光に人々が集まって、談笑したり、ビールを飲んだり、名残惜しい日曜日の夜を各々が楽しんでいました。
その後、マリーナ・ベイ・サンズへ向かって歩くと、イルミネーションのショー「ワンダフル」を観ることができました。フィナーレには多くのシャボン玉も飛び、なんとなく涼しげです。
ツアー客の一部は、オプショナルツアーに参加してこのイルミネーションを観に行っていました。送迎付きで、クラークキーを散歩し、船からショーを観るそうなのですが、料金は7,500円です。正直コスパがいいかどうかは、その人の機動力と旅行の楽しみ方によります。ちなみに、私がかけたコストは、MRT 代、1.8シンガポールドル x2で、3.6シンガポールドル(約288円)でした。
夜景を楽しみつつ歩き、人気のないマーライオンパークを通り、さみし気に水を吐き出すマーライオンを見て、帰路に着きました。
【シンガポール市内観光からの健康寝具店】
定番のマーライオンパーク、ラッフルズホテル、オーチャード通りの免税店、マリーナベイサンズの展望デッキ、植物園をぐるっと回り、団体ツアー定番のお土産屋さんへ連行されました。
まじめに写真を撮っておけばよかったと今更ながら後悔しております。なぜなら、健康寝具店へ連れていかれたからです。海外旅行に来て、なぜマクラのお店に連れていかれるのか、荷物になるような少々お高いマクラを買う客がいるのか、マーケティングがおかしくないのかなど、疑問が一気に頭の中を駆け巡ります。確かに旅行の日程表にも健康寝具店へ行くと記載されていました。
天然ラテックス素材のマクラ、ベットマットで、抗菌性、通気性、耐久性に優れているらしいです。ヨーロッパの王室・貴族で昔から使用されている最高級寝具で、東南アジアの自社工場で製造・販売をしているため、高品質・低価格を実現しているそうです。
セミナールームのような場所に連れていかれ、着席し、社員の方のプレゼンを聞きます。社員の方は、すべて日本人でした。マクラの上にダンベルを落としたり、触らせたり、笑わせたり、4つ以上マクラを購入すると日本へただで郵送してくれる、通気性がよいので、圧縮するとフェイスタオル位小さくなるなど荷物問題解決も提案し、型通りの商品説明が終わると、社員5人くらいが一気に営業開始です。
オフィス内には、「世界ふしぎ発見」で、この会社が登場した時の映像がエンドレスで流れています。写真を撮りたかったのですが、社員の方々の視線が、それはもう怖くて。顔は笑っているのに、目が鋭い。日本人が海外で日本人をターゲットにビジネスをしているのが、少々怖かったです。旅先で出会った現地の日本人には気を付けた方がいい、詐欺の可能性が高いとよく聞いていたので、企業という後ろ盾があっても、騙されそうで警戒心が最高潮に高まった瞬間でした。この旅で一番警戒した時間を過ごしました。
マクラは、1つ10,000円位、ベットマットは70,000円位しました。バスに戻ると、戦利品の数個のマクラとともに戻ってくるツアー客が多く、驚きを隠せません。まともそうな人だなと思った人も、家族分と言って何個も購入していました。この人たちは、何故シンガポールでマクラを購入してしまうのか。理解に苦しみます。共食い、という不穏な単語が浮かびましたが、購入者が満足しているのだからいいのでしょう。
【チリクラブレストランでの小さな出来事】
シンガポール名物、チリクラブを食べずして、シンガポールに行ったとは言えないでしょう、ということでこの旅最後の夕食は、チリクラブで有名と(本ツアーで?)言われているレストランへ行きました。適当に円卓に座り、メインのチリクラブが出てくるまで待ちます。
私が座ったテーブルには、夫婦ばかりが座っています。60代以上の夫婦たち、料理が出てくると奥様達がかいがいしく、料理を旦那様と自分に取り分けます。円卓なので順番に料理が回ってくるので、最後の方は残り物になっています。レストランも考えなしなのでどうかと思うのですが、エビの塩焼きが回ってきたときに、悲劇が起こりました。
初めにエビを取った奥様が、旦那様と自分に一人二匹の計算で4匹エビを捕獲したので、その後の奥様方も4匹取っていきます。私の所に回ってくるまでに、エビは、1匹しか残っていませんでした。弟にそのエビを奪取したので、私自身は食べることはできませんでした。
エビがそんなに食べたかったのかと言われれば、そうでもないのですが、自分の分がないという事にひどくショックを受けました。
そのことについて、他の夫婦は気が付いていなかったのか、気づかないふりをしていたのか分かりません。私はポジショニングの失敗にひどく後悔しました。もっと女性ばかりのグループに入っていれば、がつがつと何も考えずに食事をとる男性も気の利かない奥様もいなかったのになと。
人間年を取ると、視野が狭くなり、全体を見ることもできなくなり、また自分の頭で考えられなくなるものなんでしょう。飛躍し過ぎかもしれませんが、日本社会の縮図をこのシンガポールの最後の夕食で見たような気がします。そりゃあマクラも買っちゃうよねと残念に思い、利口な人にカタにはめられてしまうのも無理はないなと思いました。いい年した日本人が海外で詐欺のターゲットにされてしまうのも、仕方ない事です。命がある事を幸せと思った方がいい。
チリクラブ、前に来た時に食べたものと違うような
悔しかったのとさみしい思い出で終わるのが嫌だったので、やる気のあるシンガポールのセブンイレブンで、Ben&Jerry'sのアイスを奮発して、ホテルの部屋でおいしくいただきました。
これで今回の旅は終わりを迎えました。
【まとめ】
- 団体ツアーは、キャッシュフローから見ればコスパはよい
- 企画する会社の選択を間違えると、同じ日本人なのかとツアー客との価値観の相違に驚くが、日本人とは、世界から見た日本人について深く考えることができる
- 食事は自分のタイミングで好きなものを楽しむことはできない。どうしても早食いになってしまう。自分の分が無くなっちゃうから!
- 添乗員やガイドに従って行動していればいいので、楽
- 移動手段についても基本はバス、電車に乗っていればいいので、楽
- 某新聞系のツアーはネットを使わないような参加者が多数なので、年齢が上がり、今の自分には合わない人種が集まる
【思ったこと】
今回は時間があった弟の首根っこをつかんで、一緒にツアーに参加しました。二人で参加していたので、初日から新婚さんだと思われていて、否定しても全然話を聞かないため面倒くさかったです。ガイドさんに姉弟で参加していると話したら、最終日くらいにはやっと姉弟だとツアー客が理解してくれました。と言うか、ガイドに聞くなよ、直接こっちに聞けよとも思いました。参加者が人の話を聞かず、思い込みで話しかけてくるのでひどく面倒くさかったからです。
50代以上の典型的な夫婦(サラリーマン、専業主婦、子供在り)とは全く違う次元で生きていることを実感しました。そしてそういう人たちが日本にぎっしり詰まっているのかと思うと、私が日本で感じる閉塞感の原因の一部は、そういう人たちが作り出しているのかもしれないと思いました。
自分に合った旅行企画会社を選べば、よいコスパで効率的に旅行ができるので、個人では行きずらい場所に行く時、時間の制約がある時には便利だと感じました。その国も景色も、一緒に行った人々やガイドさんもひっくるめて旅の構成要素なので、全て私の旅で大切にしたいと思っています。
【おまけ】
マレーシアで使用停止になっていたクレジットカードについて、後日分かったことですが、去年カナダでヒルトンホテルに宿泊した際に使用したクレジットカード情報が、洩れて流出したそうです。ある一定期間に全世界のヒルトンホテルに宿泊した人のクレジットカードが被害にあったとのことで、私のカードもアメリカで不正使用されたことが確認できたため、急きょ使用停止になったそうです。これもまた旅。
長々とお付き合い有難うございました。それでは、また次のおさんぽでお会いしましょう。
マレーシア・シンガポールさんぽ Day2 ー ボーダーを超えて行く
昨夜ホテルの下のショッピングセンターのスターバックスで何とかフラペチーノをカードで買おうとしたら、クレジットカードが使えない。何度やっても使用できず、リンギットも無く、シンガポールドルも使えず、すったもんだの挙句、お金を払う前にスタッフが作ってしまったフラペチーノを無料でいただきました。
スタバのカード読取機がおかしかったんだとハーゲンダッツでもカードを使用しようとしたら、やはり使用できず。再び、お金を支払う前に作ってしまったアイスを無料でいただきました(デジャブ)。
クレジットカード使えない詐欺みたいと申し訳ない気持ちで、ホテルの部屋で無料のフラペチーノをいただきながら、PINコードが間違っていたのだろうか、何が起こっているのだろうかと悶々としました。カードが利用停止になって使用できないのだから、不正に使用されることはないだろうし、日本に帰って連絡すればいいかとのんびりと考えながら、今朝を迎えました。
旅にトラブルはつきもの。気持ちを切り替えて、いよいよマレーシア、シンガポールの国境を越えます。タンピン駅からマレー鉄道に乗って、ジョホールバルまで、5時間半の列車の旅から本日はスタートです。
【ジョホールバルへ】
本日の衝撃の朝食をバスで移動しながらいただき、タンピン駅に到着しました。
マレーシアの電車は、時刻表があるにもかかわらず、時間通りには来ないとのこと、そして必ずしも到着が遅くなるわけではなく、早まることもあるそうです。朝6:37の電車のために、5:50頃から蒸し暑く、薄暗い構内で電車を待ち続けること、1時間。6:50に電車が駅のホームに到着しました。
早速電車に乗り込み、添乗員さんから渡された電車のチケット片手に、自分の席を探しますが、指定された席が無いようです。どうやら乗る電車、車両はあっているのですが、電車の車体が予約時のものと違うらしく、席の配置が違うようです。適当すぎます。日本なら暴動が起きています。路頭に迷った30名は、うろうろした挙句、適当な席に着席。ほとんどが夫婦だったのですが、なぜか一人席には多くの男性陣が陣取り、いつの間に仲良くなったのか、奥さんとその他女性たちが固まって、平日のファミレスのような井戸端会議が延々と始まりました。
マレー虎がうようよいるというゴムの木の森を抜けて、電車は走りますが、止まってみたり減速してみたり、歩みは非常に遅いです。高速鉄道の建設が話題になるのもわかります。
乗車時間が4時間を過ぎて、固まって井戸端会議をしている女性陣たちの、一番の話題は、電車のトイレについてです。どうやらものすごく汚いらしく、どこにも触りたくなかった、なぜあんなに汚すことができるのかという話題で持ちきりです。旅の話のネタとして行くべきだったと思うのですが、日本でもトイレについてはデリケートな方なので、我慢をしてしまいました。
女性陣の反応は、様々でとても面白かったです。ある方は、そんなに騒ぐほどでもない、またある方は、誰か一緒についてきてとお願いし、他の方は、まあひどかったよと騒ぐのみ。人生経験や性格の差なんでしょうかね。いい年の奥様でも、いやーん怖くて行けないというテンションの方、いつまでも乙女で可愛いのですが、果たして素なのでしょうか。
お昼は、団体ツアーに珍しくヒルトンホテルでのビュッフェです。もっさい印象のクアラルンプール、ヨーロピアンな街並みのマラッカと比べると、ジョホールバルは今まで通ってきた都市とはまた違う印象を受けます。なんとなく整然としたシンガポールの気配を感じます。
ジョホールバル セントラル駅
刑務所があり、バスで横を通り抜ける際にガイドさんが、むち打ちの刑について話をしてくれました。むち打ちの刑というと刑が軽いように感じるかもしれませんが、その鞭にはとげが埋め込まれており、10回も打たれれば打たれた部分の皮が剥け、血がほとばしるとのことでした。昔ながらの体罰とんでもないし、シンガポールやイスラム国家でもこの刑は今でも行われているそうなので、マレーシア、シンガポール、イスラム国家でむち打ちの刑を受けることがないようにしたいものです。
腹ごしらえをしたら、ついに陸路での国境越えです。手荷物だけを持って、バスとは別に手続きをしなくてはなりません。マレーシアとシンガポール間の移動は、両国において日常の事のようで、この日も大混雑です。マレーシアに在住して、シンガポールで働いている人やマレーシアで安いものを購入するシンガポール在住の方など、普通だということです。
学生の頃サンディエゴに滞在していた際に、メキシコのティファナでランチを食べて午後の仕事に戻るといった方もいたので、国境周辺に住んでいる人にとっては、特殊事情がない限り、昔からある日常の光景なんでしょうね。
あっけないほど入国手続きは簡単にでき、地下で同じく手続きを終えたバスに再度乗車です。ツアーに申し込む前に、個人旅行で国境越えを画策していたのですが、バスは入国手続きに20分しか待ってくれないと知って、ガイドなしでは難しそうだと考えていました。バスが待っているターミナルは、多くの国境越えの人々でひしめいていて大混雑でしたので、旅の玄人ではないため、今回は国境越えを楽しむためにツアーにしてよかったなと思いました。
いよいよシンガポールに入国、シンガポールには学生時代に旅行で一回、社会人になって仕事で一回来ているので、親しみがあります。
ここまでお付き合いいただき有難うございます。次回の、おさんぽ Day3でこの旅は終わりになります。
マラッカのセブンイレブン。店員は2人いて、一人はレジの後ろでスマホに夢中、もう一人はテーブルで何か書き物をしていました。ゆるい。
マレーシア・シンガポールさんぽ Day1 ー ボーダーを超えて行く
国境、日本という島国住んでいるからかどうかは分かりませんが、その言葉にとても惹かれます。以前カナダとアメリカの国境の一つ、ホワイトロックへ行った時、この向こうがアメリカなのか、意外と平和な場所だと感じました。韓国と北朝鮮の国境のような物々しい雰囲気もなく、車が道路をすいーっと走り抜けて行きました。地続きの場所に違う国がある、とても不思議な感覚です。
外資系の会社のアジア統括の部署があるのは大体シンガポール。税制、経済に特徴があるシンガポールともともとのマレーシアでどのような違いがあるのかを国境を超える旅で感じたいと思った所、お値打ちツアーを見付けたため、参加することにしました。また近年色々な意味で注目されているイスラム文化に触れてみたいと思ったこともきっかけの一つです。
添乗員さんがいるツアーと言うのは、台湾に行った時と今回で二度目。どんな添乗員さん、ツアーメンバーがいるのかは重大な問題ですが、当日行ってみなければ分からない、開けてびっくり玉手箱です。深夜クアランルンプール空港に到着し、メンバーを観察したところ、参加者30名、年齢は50代以上、ご夫婦が多い感じです。添乗員さんのきつそうな感じが何となく苦手ですが、旅は始まった、何事も楽しんでいきたいと、ホテルへのバスの車窓から暗がりを見つめながら自分に言い聞かせていました。
【クアラルンプール~マラッカ】
クアラルンプール市内観光では、王宮やモスク、独立広場、ペトロナス・ツインタワー、繁華街のブギッ・ビンタンなど観光地を巡ります。その中で印象が強かったのは、王宮とモスク、ペトロナス・ツイン・タワーです。
- 国王の公邸「王宮」
お恥ずかしながらマレーシアには王様がいると思いませんでした。しかも9名もいて普段はそれぞれの州を収めているそうです。9名の中から国王を選び、5年任期で順番に担当するそうです。しかも王様は、世襲制。なんとなくお国柄が読める感じがします。王様たちもなかなかキャラが濃いです。金髪大好きで、金髪美女ばかり妻にしては離婚する方や、カジュアルに自分で車を運転して街の様子を伺っている、遠山の金さんみたいな方がいるそうです。
国の紋章にはマレートラが描かれています。
- 国立モスク MASJID NEGARA
マレーシア人の60%がイスラム教徒と言われており、国立のモスクが存在します。
お祈りの時間もとても細かく決められています。
がらんとしたお祈りをするためのホールはとても静かで厳か。神聖な雰囲気が漂っています。全然荒々しい感じがしません。
現地ガイドのおっちゃん、デイビットさんは豚肉食べられないからかわいそう~と言っていました。こういうおっちゃん、日本にもいるな。彼は中華系の人みたいでした。
- ペトロナス・ツイン・タワー
謎の住宅街から鑑賞。言わずもがな、有名な建物ですが、この建物自体には、あまり感動はなかったです。ただ周りが高級マンションばかりでびっくりしました。不埒な輩が侵入しないように、電気網が仕掛けられています。
【高速道路を通ってマラッカへ】
高速のサービスエリアでトイレ休憩。ここにもプレイルームがあります。トイレはもちろん手で洗うためのシャワー付きです。
長距離ドライブに飽きてしまったお子さんに如何がでしょうか。よく分からないキャラクターです。
【マラッカ】
マラッカはスパイス狙いで色々な国に支配されていたことや、中華系の人々も多いため、クアラルンプールとは全然違う雰囲気を醸し出しています。
- チェン・フー・テン寺院
マレーシアに現存する最古の中国寺院です。中華系のお寺はとてもきらきらしていて、ゴージャスです。ひっきりなしに参拝客が訪れるので、ご利益があるお寺なのかなと感じました。
- オランダ広場
マラッカと言えばこの場所の写真がパンフレットに掲載されています。ピンクのかわいい建物たちです。観光拠点でもあり、人がたくさん集まっています。
トライショーもそれぞれ趣向を凝らして、観光客を勧誘しています。著作権なんて関係ありません。かわいい系、かっこいい系、派手で目立つ系、音楽ならし系色々です。
- スイスガーデンホテル&レジデンス マラッカ
豪華で近代的なホテルでしたが、エレベーターの表示がわかりにくく、何度も登ったり、フロントに降りてきたり、うろうろしているツアー客を見かけました。ホテルのスタッフに聞けばいいのにと思うのですが、聞かずに何往復もしていたので、最後の方に鍵をもらった私たちの方が先に部屋に入ることができました。
お祈りする方向を示す矢印。マレーシアのホテルではよく見る光景です。
日本ではできることを海外ではできない、日本でしないことを海外ではする、そういう参加者が多かったように思います。道を聞けない、金額を確認しない、朝のビュッフェの場所が変わったかどうか確認できない。
このツアーに参加するような方々の特徴なのでしょうか。ツアーの仲間内では鼻息荒く話していても、日本人以外の方々に対して、無口になります。質問があってもガイドさんに確認しないで、周りの人に確認したり。何のために旅に来ているのだろうかと思いました。そして、そんな有様であるにもかかわらず、何か国行った、北京ダックは日本で食べるものの方がおいしかったなど旅自慢をしてきます。そんな話しかできないくらいの旅が、彼らの旅なんだなと思いました。もちろんそんな人ばかりではありませんでしたが、一般的な日本人の高齢者の特徴が現れている様に思いました。
いよいよ明日は、国境越えです。まずはゴムの木の密林を電車で抜けて、ジョホールバルへ向かいます。
妖怪さんぽ 江戸東京博物館 大妖怪展
【大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで】
両国でおさんぽ
なぜ土偶と妖怪ウォッチを含めちゃったのかという突っ込みはあるものの、子供のころから何か不思議なものに惹かれてしょうがない性分なので、大妖怪展に興味深々です。凡人の私には、見えていけないものは見えないし、あまり感じない。自覚している不思議なことと言えば、サンシャインの近くにある巣鴨プリズン跡にお盆の前に行った際に、激しい頭痛に襲われ、その後2週間くらい具合が悪かったことぐらいです。その年は猛暑の年だったので、単純に熱中症だった可能性もあります。
妖怪は、日本人が古くから抱いてきた、異界への恐れや不安感、また”身近なもの”を慈しむ心が造形化されたものです。(パンフレットより)
鬼やもののけは、12世紀平安時代末期からその存在が確認でき、中世室町時代に造形化され、江戸時代に爆発的に増殖したそうです。上記の定義をもとに考えますと江戸時代に増殖した理由は想像に難くありません。日本が徳川幕府に統一されて、平和になった反面、身分制度や時代の変化についていけずに苦しむ武士たち、新しい人々の悩みや文化の熟成等の条件が揃ったことで多くの妖怪が増殖したのだと思います。
妖怪なんて子供だましだよと思われるかもしれませんが、展示には重要文化財や国宝のものが多くあり、なかなかのステイタスを与えられています。みんな大好き伊藤若沖や、歌川国芳、葛飾北斎、鳥山石燕などの有名どころもこぞって、素敵な妖怪の世界に足を踏み入れており、大増殖の片棒を担いでおります。
【気になった作品】
- 針聞書 鍼灸師のための口伝として作られたものだそうです。人間の体に害を現す虫を図解で紹介しています。疳(かん)の虫など聞いた事があるものが沢山描いてありました。目黒寄生虫館を彷彿とさせます。キモカワな虫たちは下記で確認できます。 九州国立博物館 | 収蔵品ギャラリー『針聞書』虫をもっと見る
- 辟邪絵 神虫(へきじゃえ しんちゅう)鬼を食べてくれる神の虫の絵です。絵そのものにも悪いものを避けるという恩恵があるようですが、神虫の絵がえぐいです。国宝であるけれども家のリビングに飾るのには、凡人には度量が足りません。冒頭の写真、右側の絵です。
- 妖怪一年草 東海道中膝栗毛の十返舎一九の作品に絵を付けたもので、妖怪の年中行事が書かれています。その中では、「花見」は「穴見(何を見るんだろうか)」に、「明けましておめでとう」は「化けましておめでとう」、「お釈迦様の誕生日」は、「お逆様 (おさかさま、見越入道)の誕生日」にお洒落に変換されているそうです。
見越入道さんの近影。余談ですが、鳥山石燕の画図百鬼夜行も展示されていました。
- その他、国芳の「猫また」は相変わらず愛くるしいし、土蜘蛛が成敗される作品がやたらに多く、土蜘蛛は成敗されるための必要悪なのかと考えさせられたり。
人間の心は自分から外には出ないような気がしていますが、その行動や流行りもの、都市伝説のような噂により、自分の肌の外に漏れ出ているような気がします。昔の妖怪の作品がとてもいいのは、どの妖怪も怖いけど可愛く描かれているところです。血みどろ芳年と言われた月岡芳年の作品も、どこか面白味がありました。
【土偶と妖怪ウォッチ】
縄文時代の土偶も妖怪の起源ということで、展示されていました。みみずく土偶、遮光器土偶は、妖怪というよりは宇宙人の様に見えます。それにしてもサングラスをかけたように見えるので(確かにXメンのサイクロップスの様です)、遮光器土偶と名付けたというセンスは、嫌いではないです。
妖怪ウォッチを最後に展示していますが、これを妖怪と言えるのでしょうか、ジバニャンは猫の地縛霊だと思うのですが。プロフィールには猫の妖怪とありました。定義によると妖怪とは、”異界への恐れや不安感、また身近なものを慈しむ心が造形化されたもの”なので、それが大流行した背景には現代の子供たちの心に不安感あり、払ったりすることで不安感を打ち消し、心のバランスを保っているということなのでしょうか。
何でも妖怪のせいにできるのは、ちょっと気が抜けて、毎日忙しい子供達には安らぎを与えているのかもしれません。
【大妖怪展で感じた事】
江戸時代に比べて、技術が発達して、インターネットで何でも調べられる現代においても、いまだ壁のシミが人の顔に見えたり、夜中にインクジェットプリンターがおもむろに動き出して原因が分からず恐怖したり、タンスに一足だけしかない靴下だらけになって驚愕したり、分からない事に対する人間の本質はさほど変わっていないように思えました。
私たちが、400年くらい前の妖怪の作品を見て、人間の心理を読み解こうとあれこれ試行錯誤するように、400年後の世界でも現代の妖怪たちを見て、この時代はこんな風に人間は考えていたんだと研究されたりするのでしょうか。
いつも不思議なことや説明がつかない怖いことを考えるとき、最終的に思うことは、「生きている人間が一番怖い」です。作品に描かれたり、ゲームやアニメで妖怪を払ったりすることで、何らかの不安を拭い去り、心のバランスを保つことができるのなら、それはそれで平安は保たれるので、とても平和的解決です。しかし実際に人間に危害を与えたり、あまつさえその命を異常に奪う事件が多く起きている現状は、情報過多により人間の心のありようが複雑になりすぎて、心の平安を保つための無意識の方法が機能せず、その方法が変わらざるを得ない状況に陥っているのかなと思いました。
一方でその異常さも、昔から何ら変わらない人間のありようなのかもしれないという気もしています。
最後に気が利いているなあと感動したのは、オーディオガイドの中の人が、井上和彦さんだったことです。アニメ夏目友人帳のニャンコ先生の斑の時のトーンでご説明くださいます。その声が素敵過ぎて、無駄に同じ解説を何度も聞いてしまいました。
その他、地獄の六道図や幽霊がなどの展示もあります。 猛暑と言われている今年の夏、大妖怪展で不安感や心理について頭を働かせつつ、ひんやり体験はいかがでしょうか。
それでは、異界の入口で、否、また次のおさんぽでお会いしましょう。
日本のフラ関連産業へとどう在りたいかについての考察
昔の名曲をカバーをしている歌手の歌声を聴いていると、うまいんだけどカラオケみたいとか、この歌手らしい曲になっていて違う魅力がある、元の曲と同じ歌い方をしている等同じ曲を歌っているにもかかわらず色々と違う感じを受けます。クラッシクでも奏者や指揮者によって、雰囲気ががらっと変わるのですから、普通のことだと思います。
フラダンスでも同じことが起こります。同じ曲を踊っているのに、ダンサーやクムフラの解釈で踊りが変わってきてしまうし、振りを踊っているだけの人、作り笑いの人、練習不足で不安を持ったまま踊っている人は一目瞭然です。
日本は、本場よりフラを習っている人口が多いと言われています。また多くの日本人はハワイが大好き。アメリカの田舎で、小さな島であるハワイでフラを生業としている人たちにとって、日本はとてもいい市場でありますし、日本人はいいお客だと思います。日本の多くのハラウ(フラを教えてくれる学校)やハワイアングッズを販売している会社も、ビジネスになるとハワイから有名なフラダンサーや招いて、ワークショップを開いたり、イベントを立ち上げたり、有名なハラウから認定を受けて日本の認定校のライセンスを取得したり、様々な方法で売上を上げようと努力しています。
エンターテイメントのため、または神様にささげるためのフラが、多くの人の努力で今日まで残ることができて、その結果日本人にも届いて、恩恵を享受していることは、奇跡のようなことだし、先人たちの努力を尊敬します。
しかしビジネスにのみ集中してしまうようなハラウ、フラダンサー、ハワイアンソングの歌手や業者には、時折失望します。素朴な歌詞を手話のようなハンドモーションやステップをつけて表現するフラの踊りや歌声からはその人のすべてがにじみ出てしまうため、彼らの踊りには感動や曲への思いがありません。
なぜハワイアンソングの歌手としてショーに参加しているのに洋楽を歌うのか、なぜ何も感じられない娘のフラとコラボで舞台に立つのか、ワークショップにもかかわらず仕切りが雑で踊る時間がほとんどなかったり、予習できなかったり、がっかりします。しかし多くの日本人はとてもよろこんで、騒いで、彼らをもてはやしています。それがさらにビジネスを成長させるし、日本人で儲けようという人々を増長させていると思います。とても複雑な思いで日本人の行動を観察してしまいますし、翻弄されている姿がとても哀れに思ってしまいます。
フラを習おうと思ったきっかけは、東日本大震災でした。 不安な毎日の中、法人税の申告期限が迫っているため、会社に行かなくてはならず、過度に緊張をして満員電車に乗り込み、出社していました。その状況で出会ったフラ。その曲になごみ、笑顔で踊るその時間が緊張した心を解きほぐし、少しずつ眠れるようになりました。フラに恩返しをしたい、フラで少しでも周りの人の気持ちが緩める事が出来たらという思いで、私は踊っているし、教えたりしています。
あまりにもビジネスライクなフラやイベントに接してしまうと、イミテーションを無理やり押し付けられているような、大事なものがバカにされているような気持ちになってしまいます。
何事も成長は、一定の法則に基づいて進んでいくと信じています。フラブームに乗って、フラが踊れる、本場の有名なダンサー、クムフラを手放しで喜ぶ所から始まって、いつかフラの精神にたどり着こうという段階に進んでいくだろうと思っています。
フラが流行ることは、商業的にハワイの人にとっても、きっちきちな精神状態で生きている日本人にとってもいいことだと思います。フラにかかわる人たちの精神が今一歩進んでいくまで、もう少し時間がかかると思うけれど、いつかその本質までも日本に入ってくるといいなと思っています。
日本人であるし、フラとはという問いには永遠に答えられないかもしれないけれど玉石混合の情報や多くの曲や踊りを学ぶことによって、少しでも自分の答えを見つけられるために、踊っていきたいなと思っています。
最後に人の生き方や考え方が現れる時は何も、フラやクラッシック、過去の名曲をカバーする時だけではないなあと思った経験を1つ。
死を迎えるその瞬間もまた、その人の生き様が現れると思います。
友達が緊急入院をし、容態が落ち着いたので、お見舞いに行った時に聞いた話です。
友達が集中治療室でベットに横たわっていると、同じ部屋の患者さんが、酸素マスクや点滴を外してしまうので、看護師さんにベットに拘束されてしまいました。拘束されてしまった後、ずっと苦しい、(拘束を)外せなどと訴えていたそうです。
それは一晩中続き、そのうち静かになり、翌日その方は亡くなられたそうです。苦しみながら、拘束されて、最期は病室で一人で亡くなる、死に際に何か全てが現れるのだと思いました。
間違えたり、嫌な事を相手にしてしまったり、欲にかられたりした人生であったとしても、人生の終盤でもいいので、心改め、せめて最期の瞬間だけはさっぱりすっきりいきたいものです。
清澄白河さんぽ
何かと話題の街、清澄白河をおさんぽ
Blue Bottle Coffeeができたことにより、カフェが増えたり、おしゃれなデザイナーさんたちのお店が住宅街に点在したり、東京メトロのCMでも取り上げられている街にやってきました。
今日は、この街に住む方にガイドさんをしていただき、街を味わっていきたいと思います。
【本日のさんぽコース】
清澄白河駅ー清澄庭園ー深川めしランチーCoci la elleーALLPRESS ESPRESSO-雲光院ーBrigela
【清澄庭園】
東京メトロ 半蔵門線と都営大江戸線が乗り入れているこじんまりとした清澄白河駅から、徒歩3分の清澄庭園へ向かいます。
岩崎彌太郎が過去に武家屋敷であった邸地を含む一帯約3万坪を取得し、社員の慰安や貴賓を招待する場所としても造園を進め、様々な名石を全国から取り寄せ、庭園を造りました。時代を経て、現在の清澄庭園となりました。一時は、無料で開放していたそうなのですが、ホームレスが住み着いたり、管理が行き届かなくなり庭園が荒れてしまったので、現在は入園料が有料になったそうです。一般150円、年間パスポート600円と非常にお値打ち価格ですが。
周りには大通りがあるにも関わらず庭園内はとてものどかで、平日昼間に入園したので近所のおっちゃんが写真を撮りに来たり、おっちゃんがアオサギを近くに呼び寄せるためにパンくずをまいたり、サラリーマンのおっちゃんが散歩に来たり、、、おっちゃん率がとても高かったです。
中央の池にはアヒルや亀、アオサギなども憩いに集まってきます。アオサギは、人間に慣れていてとても近くまで来てくれます。間近で小魚を池から狩猟する様子を見ることもできます。
池の中を凝視すると、丸々と太った鯉が水面に映る人影を見付けて、餌をもらおうと寄ってきていました。亀もどこからともなく寄ってきます。よく見ると亀とは似て非なるすっぽんらしき姿も見えます。すっぽんは、よく見ると気持ち悪いです。すっと伸びた鼻先や、表面がつるっとしてぬめっているような甲羅、そしてサイズが大きいです。
庭園の散策や池の周りのベンチで特製ハーブティーと手作りのお菓子をいただいたりしていたら、あっという間に1時間半も経ってしまいました。毎日、時間に縛られてきりきり生活しているのに、ここにいると自然と穏やかな気持ちになって、時間の流れが穏やかで心地よいです。
【深川宿】
お昼は深川宿(ふかがわじゅく)にて「辰巳好み」を注文しました。ぶっかけとたきこみご飯が、少しづつ楽しめます。とはいえ量はものすごく多かったです。昔の漁師さんが食べていたのは、あさりの味噌汁にご飯をいれたぶっかけご飯とのことです。濃くて深みのある味のお味噌の味、たくさんのあさり、じとっとした梅雨の気候で消耗した体にしみます。昔の漁師さんもそうだったのかなと思いをはせてみたり。
エネルギーチャージをした後は、おさんぽ再開です。
【Coci la elle】
東京メトロのCMにも出ていました、色彩豊かな一点物の日傘のお店です。雨傘や晴雨兼用傘、プリント柄の日傘も置いてあります。CMでさとみちゃんが持っていた、金魚のような傘も置いてありました。一点物の日傘たちは、テイストが1つづつ異なっていて、ルノアールの絵画に出てくるような貴婦人がさしている丸くてフリルがふんだんに使用されているような日傘があったり、細かいあみあみの生地で日差しは入ってくるよね?というような日傘、傘のふちにぐるっとフリンジがついていて少し重たい日傘など見ていて楽しくなるような子たちばかりです。
デザイナーさんの傘に対する愛しい思いが、傘からもお店からも漂っている素敵なアトリエでした。
【ALLPRESS ESPRESSO】
次に向かう雲光院では、14時からひるま寄席が開催されます。それまでの間、こちらでコーヒーを傾けます。ニュージーランドからやってきたコーヒー豆のロースターの会社であり、エスプレッソのスペシャリストのお店です。清澄白河と言えば、Blue Bottle Coffeeがとても有名ですが、こちらのエスプレッソもまた違った魅力があります。
高い吹き抜けの店内、奥には大きなロースターがあります。トイレが奥にあるので、その行き帰り時に近くでまじまじとロースターや店内を見ることができました。コーヒーのコロンビアやブラジルに混ざって、Kibaがあるのが素敵です。
席数は少ないながらも、座席は広々しているので、Blue Bottleよりは落ち着けるかもしれませんね。
【深川ひるま寄席】
雲光院で月一回開催されているひるま寄席で、5月~7月は二枚目お二人と真打お一人の3名の噺家さんが出演されます。しばらく遠ざかっていた落語、最近「昭和元禄落語心中」をテレビで見て、無性に落語を聴きに行きたくなっていたのでとても楽しみです。
演目は、「紀州」「千両みかん」「宿屋の仇討」でした。
内容で一番記憶に残ったのは、千両みかんでした。オチが笑えるような、切ないような気持ちにさせます。現代のまじめなサラリーマン哀歌という単語が浮かび、江戸も平成も雇用される側というのは、待遇や従業員の気持ちが変わらないことに驚きました。話の中の旦那も若旦那もいい人そうだったのですが、それゆえに番頭さんは大変だったのかもしれませんね。
寄席で好きなのは、マクラの所です。長すぎても短すぎてもいけないし、次に始まる噺とうまく絡んでいると気持ちいいです。マクラがいつ終わるんだろうという方の落語を聴いているとそれだけで疲れてしまい、最後まで集中力が続きません。噺家さんの腕の見せ所です。
余談ですが、不定期でフラのインストラクターをしていまして、レッスンを始める前に、レッスンする曲の内容と絡めて、マクラができないか現在考え中です。マクラについて考えると自然に曲の内容や背景についても考えることができ、一石二鳥な気がしています。
【Brigela】
お散歩の〆のジェラートをいただきました。ブリオッシュにジェラートを挟んだ新スイーツを提案されているそうです。ジェラートの種類がとても多く、悩みます。ジェラートの冷たさとブリオッシュの温かさがバランスよく、冬でも楽しめそうです。
住宅街の中にぽつりぽつりと素敵なお店やスポットが点在する清澄白河界隈ですが、それは本当に最近の事だそうです。街が変わってきて、集まる人も変わってきて、少しづつ新しくなってきていますが、変わらない風景もありました。
商店街のお土産屋さんでは、ちょんまげのかつらをかぶった旦那さんが道行く人に気さくに声をかけてくれます。南京玉すだれがお上手だそうで、一時期あちこちで披露していたそうなのですが、お店に旦那さん目当てにいらっしゃるお客様もいるため、今は断っているそうです。話をしていると小学生の子が、こんにちわとあいさつをしていました。旦那さんも、おかえりと声をかけています。お店の外に座って街を見守ってくれている安心感がそこにはありました。
新しさと懐かしさがゆるく手を結んでいる街、清澄白河で、緊張を緩めて、忙しさに忘れがちな自分の心の声を聴きながらのおさんぽにはデトックス効果があるのではと思いました。
たまにはゆっくり近所をおさんぽ、いかがでしょうか。
(ネジバナが可愛くて、撮りたくて、うまく撮れなくて)
それでは、また次のおさんぽで。
バルセロナさんぽ Day おまけ
移動中もまた楽し
日本からスペインへの直行便が、現時点では無いため、日本からバルセロナへ行くためには、乗り継ぎをしなくてはなりません。
今回、選んだのはエミレーツ航空で、成田発ドバイ乗り換えバルセロナ着の航空券でした。
行きはドバイでの待ち時間が4時間あったため、移動時間は、22時間、帰りは待ち時間が2時間30分だったので、19時間でした。
エミレーツ航空の天井には、星空が広がっていて、素敵でした。
【トイレ行かせてください、その一言が言えなくて】
飛行機では、トイレ問題が気になるため、常に通路側の席を予約します。
ただ爆睡中に隣や窓際の人に、トイレで何度も起こされると、窓際のほうがいいのかなと思います。
今回爆睡中に起こされたため、寝ぼけて大声で、「Bathroom!!!?」と言ってしまったことが非常に印象深かったです。恥ずかしい。
窓際しか開いていない仕方のない状況の時は、頑張れると思いますが、まだ一人旅の時に、窓際を進んで予約する気にはなれません。精進します。
行きのドバイ発、バルセロナ着のフライト時に、オーストラリア人のカップル(若夫婦?)と隣りになりました。窓際の女性の席のモニターの調子が悪く、7時間のフライト中、5回くらい音が出ない、画面が真っ暗になってしまうと、入れ替わり立ち代わりやってくる、フライトアテンダントさんに主張しています。
言い方が非常に上手で、困ってます、直らないですか、見てくださいと言っているうちに数名のフライトアテンダントさんと仲良くなっていました。
最後には、上司の方がご迷惑をおかけしたので、お詫びを差し上げたいので、連絡先を教えてくださいとやってきました。
どうやら以前エミレーツ航空に乗った際にも、お詫びの無料航空券をもらったらしく、今回のフライトはその無料航空券を使用したようでした。
また今回ももらえる~♪といった感じでたいそう喜んでいました。
私だったら、モニターの不調は、早々に諦めて、ふて寝してしまうと思いますが、何度も言えるこの女性はすごいなと思いました。もしかして私以外、これが標準仕様なのでしょうか。
ハワイアン航空に乗った時、となりのおっさんが、飲みすぎてリバースし、非常に臭く、もらいそうになってしまった時、フライトアテンダントさんにこっそりにでもいえばよかったんだなと、しみじみ思いました。私のバカ!
【昨今の中学生は…。】
帰国の際の深夜2時のドバイ発、成田行きのフライトの際、最後尾、真ん中の列の通路側を予約していました。
後ろのほうの座席は、団体客が利用することが多く、自分の席の列の横3席は、中学生男子が座っていました。
席に着くなり、「あなたの前の席の人は、僕たちと同じグループなので、座席変更をお願いしてもいいですか。」と言ってきました。
私は座席の背もたれを思いっきり倒したいので、この席を予約した、前の席に移動して背もたれを倒しても問題ないなら、変更してもいいよと伝えたところ、中学生男子は「それは、分からないので、前の人に聞いてください」と言ってきました。
自分たちからお願いしてきたのに、なぜ私が前の中学生男子に倒してもいいかと聞かなくてはならないのでしょうか。
本来なら、自分が仲間の前の席に座っている男子に、そういっているけどいいかと聞くべきではないでしょうか。
それを伝えたところ、「あ、じゃあいいです」とさっと引き下がってしまいました。
え?何で?(はとまめの顔)
自分から振ってきて、こっちが反応したら、引き下がるって、よくわからないです。座席を倒してもいいなら変わってもいいと、交渉の場に立ったのに、いきなり退出って、理解に苦しみます。
結局、先生が来て、「あっもちろん大丈夫ですよ。(中学生らに向けて)皆、深夜便なんだから気にしないように」と言ってくれて一瞬で交渉成立しました。
いきなりおばちゃんに、「いいですよ」以外の反応をされたので、彼は思考停止になってしまったのでしょうか。若人よ、そこは怖くても頑張って、交渉してもらいたかった。
もちろん座席倒す倒さないという話も、大人げないということも重々承知しておりますが。これからは何時でも、何人が後ろに座ろうとも気にせず 、椅子をMAX倒そうと自分に誓いました。
【自称 お転婆おばあちゃん 87歳】
上の話の続き
前の席の中学生と通路側の席を代わって、座っておりましたら、私の隣の席におばあちゃんが座りました。終始、咳き込んでいて、具合が悪そうです。
深夜3時を過ぎて、軽食が運ばれてきます。普通の体調でも全部は食べられない機内食です。具合が悪く、うとうとしているおばあちゃんにも優秀なフライトアテンダントさんは、容赦なく声をかけます。
Omelet with mashuroom or with fish?
急に起こされて、英語で話しかけられたため、おばあちゃんがフリーズしてしまいました。しかし反射的に、折りたたんであるテーブルを開いたので、フライトアテンダントさんは機内食を食べる意思があるのだと、再度、どっちにする?と英語で話しかけてきます。
ふと気の毒になって、おばあちゃんの方を向くと、何か声にならない声で話している様子。ただ飛行機の外の音にかき消されて、全然聞こえません。口元5センチ位の所まで耳を近づけると、「具合が悪いから、要りません」と日本語で言っている様です。それを通訳してあげると、フライトアテンダントさんは「分かった!」と去って行きました。
それ以降、おばあちゃんと話したり、通訳したり、映画ホビットを観たり、結局2時間位しか寝ずに成田空港に到着しました。
おばあちゃんは、海外で登山をするのが、好きでずっと登っていたのですが、80歳を過ぎたので今はされてないそうです。アフリカはいい山がたくさんあるのよ〜と言ってにこにこ。今回は、モロッコ旅行を楽しんだそうです。
お転婆おばあちゃんだからね〜とごほごほ咳き込みながら、話してくれました。これが原因か、家に帰って薄着で寝てしまったのか原因かは、分かりませんが帰国してしばらく風邪気味でした。しかし87歳でこの長時間のフライトにチャレンジするとは、驚きです。風邪引いていても、声はかすれてますが、心は全く折れてません。メンタル見習いたいです。
移動時間も何が起こるのか、毎回旅の楽しみ(怖さ)です。
【ドバイ空港】
最後に乗り継ぎて大変お世話になった、ドバイ空港は、A,B,Cで雰囲気が全然違っていて、不思議でした。ターミナルも1と2があり、雰囲気が全然違うみたいです。
ターミナル3のAゾーン 明るくスカッと綺麗
ターミナル3 Bゾーン 免税店のレジがスーパーの様 人がいっぱい
ターミナル3 Cゾーン 薄暗い