ぴこのねごと

一人旅とフラと時々落語

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雨の日に座るもの

駅前に止まっている自転車。変わった様子に目にとまるものがある。

 

大きさは、折りたたみ自転車サイズ。特徴的なのはその荷台部分だ。40センチ幅位のブルーのプラスチック板をアーチ状にし、その前と後ろにもプラスチック板を貼り付けた、中が見えない青いビニールハウスの様なものが荷台部分に取り付けてある。

 

とても不思議ではあったのだが、荷台の荷物が濡れない様に、そのハウスをつけたんたろうなとぼんやりと思っていた。

 

とても目立つため、駅前に止まっているとついつい目にとまり、持ち主はどんな人だろうと考えてしまう。

 

そんなある日、今日みたいなしとしと雨の夜、へとへとな私は最寄駅で降りると、その自転車が止まっているのを見つけた。

 

よく出来た外装だなと飽きずに眺めていると、

 

 

地面から30センチほどの外装の隙間に

 

 

ほっそりとした足が二本

 

 

見えるではないか。

 

 

 

小さな足、靴下と先端が丸い靴を履いた誰かが座っている。子供の様で、何だか乾燥した様な肌感は老人の様にも見える。

 

駅前の帰路につく人々の流れに逆らうことも出来ず、横目で自転車とそこにいる誰かを見ながら、疑問は頭の中でぐるぐると回り、大した情報も得られず、思考は止まった。

 

 

それ以来、自転車が止まっていても足は見えない。もう一度見たい、確認したいといつも思っているのだが。

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祈り

7年たった。

未だに津波の映像を見ると、気分が悪くなるし、震災のことを思い出すと涙が出て溢れてくる。

 

あの時から今ここに来るまでに、7年かかってしまった。

 

・税理士の勉強を止めて、会計事務所を辞めて

・事業会社の経理になって、辞めて

・やりたかった事や好きだった事を思い出して

・旅に出て、次に向かいたい場所を探して

 

そして今、

・フラのインストラクターになって

・会計事務所と業務委託契約をして

・旅行会社の予約/経理のバイトになって

・次にやりたい事をぼんやりと見つけて

 

試行錯誤の上、収入の1/3は捨てたけど、リモートでも働ける環境を何とか整えつつある。

 

次のステージは、まだ曖昧模糊だ。動く事で目標が決まってくる性分なので、試行錯誤を続けていくしかない。

 

・日本をどういう形でも良いからアピール出来るような場所を作りたいような

・設立して急成長する小規模会社のバックオフィス業務をサポートしたいような

・フラで疲れている人を癒したいような

 

人によって同じ状況でも感じ方が違うのに改めて驚く。日本に住めなくなっても、どこでも生きていける力をつけたいと願って行動した個人もいれば、あの日より前の自分と何ら変わらない個人もいる。それぞれに性分があって、人生があって、面白いなと思う。

 

これをアップした前日に久々に渋谷らくごに行き、立川笑二さんの「もう半分」を聴いた。

 

過去に自分のした事のツケを忘れた頃に取らされる、連綿と続く悪夢を見させられているような怖さ。演じ方にもよるのかもしれないけれど、深いテーマを感じてしまった。

 

どんな立場であっても、自分の課題ややった事からは逃れられないのだと思う。起きた事は変えられない。それをどう受け止めるかは自分次第とはよく言うけれど、辛い出来事を良いように受け止めるのは難しい。

 

死の瞬間に生ききったなぁと思いたいじゃないか、と言い聞かせて、残された私は進むしかない。

全ての人が自分の今生を悔いなく全うできますように。

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太鼓の音は、始まりの音

太鼓の音は、何故か神聖な音のような気がする。場の空気を区切るような、体の奥の何かが呼び起こされるような、何かの始まりのような。

 

太鼓の音は、「胎動の音と同じなんですよ」と言われて、誰しもが生まれる前に聞いた事がある音に何となく神聖さや始まりを感じてしまうのかもしれないなと思った。

 

先日ご招待されて、行ってきた太鼓センター30周年イベント。

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2時間も太鼓のリズムだけで間が持つのだろうかと開園前に思ったのだが、杞憂だった。30人以上での太鼓パフォーマンス、大きな太鼓を息を合わせて代わる代わるに異なる人がたたいたり、バチをジャグリングの様に華麗に操ったり。

 

パーティのオープニングでも太鼓パフォーマンスの依頼があるそうなので、エンターテイメントとして観る人を飽きさせない工夫が散りばめられているのだ。海外公演もしているらしい。

 

所々に三味線や笛、東京音頭、ソーラン節のロックバージョンと太鼓のコラボレーションがあり、ピンでもグループでも違う味があると前のめりで楽しんでしまった。

 

和楽器のバンドや花魁ショーなどのステージでは、和服を崩したような衣装で、コスプレ感が強く好みではない。しかしこの舞台では、基本は黒タンクトップと黒パンツ、演目によって少し変わるが、衣装はすっきりシンプルなので、集中力のない私でも違和感なくステージに集中できた。

 

訪日外国人にも太鼓体験はとても人気がある。その音は、国が違えども何か懐かしいような始まりの音で、無意識に惹きつけられてしまうのかもしれない。

 

舞台はクライマックスを迎え、会場全体が大盛り上がりで終幕。こういう機会に立ち会うと、普段大人しく自己主張が少ないと言われる、我ら日本人の内側に秘めた激しさを感じる。

 

場が、騒いでもいい盛り上がってもいいと許せば驚くほどの激しさを発動させる。祭りでも成人式でも満員ぎゅーぎゅーラッシュでも、空気をくみ取って、驚くほどの盛り上がりをみせる(乗客同士のトラブルで電車が遅れる…)。

 

普段の姿との違いが怖くもあり、毎日抑圧されているのだろうと思う。日本人は、場の空気に支配されている。

 

とは言え、もう少し普段から、小出しに発散できればギスギスした日常に少し余裕が出るのではと思う。

 

太鼓センターでは、太鼓レッスンもしているのでこの春始めてもいいかもしれない?

http://www.taiko-center.co.jp/

 

 

たまには月に思いを馳せて

月蝕を見たのは人生初の事かもしれない。

夜空に浮かぶ赤い月は何とも言えない、存在感だった。夕方、光り輝く黄色の満月を見た事もあり、その変貌ぶりに驚きもした。

 

古代ハワイでも月の満ち欠けは、人の生活に深く浸透していて、いつ農作物を植えるか、魚を釣るか、風が強いのか凪いでいるのかを知る方法であったそう。これはプロテスタントの人々がハワイに来る前からずっと古代ハワイ人が持っていた知恵であった。

 

ハワイ語新月はHilo、ハワイ神話のKuという神の為の神聖な時間の始まりを意味する。 

この夜は深海やトーチフィッシングに良い夜とされている。今でもこのカレンダーは使われているのだろうか。子供が月の名前を覚える為のチャントがあるみたいなので、今でも使われているのかもしれない。

 

日本でも同じだと思うのだか、ハワイアンソングにも月をテーマにした曲が沢山ある。

どこにいても月の満ち欠けは、人の生活と一緒にあるものなのだし、心が動くものでもあるのだと思う。

 

 今日は新月。忙しい毎日の中で、これから満ちていく月を意識しながら、過ごすのもたまにはいいかもしれない。

 

分かりにくいけど、ku @ビショップミュージアム

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それは「おもてなし」か?

日本政府観光局(JNTO)」によれば、2017年の訪日外国人観光客は、2,869万人で、東京オリンピックの1964年以降最高の人数とのこと。実際、お客様に日本に来るのは初めてですかと聞いてみると、初めてという人が多い事に少し驚いている。数多くの観光地があるにもかかわらず、日本を選んでくれたことに感謝!

https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/180116_monthly.pdf

 

おもてなしは、ちょっと難しい。日本らしさを満喫してほしいと全力を出してみると、「生のお魚は食せない、布団じゃ寝れない、皆で温泉に入るのは抵抗がある」など言われて、肩透かしを食らったりする。

 

そもそも「おもてなし」は、日本のハイコンテクストな文化を背景に成り立っている、分かっている人同士のお約束の様なものの気がする。地方に行けば、外国人お断りの宿も施設も多いし、ビーガン用のメニューが全くなかったり、英語が使えない観光地もまだまだ多い。それを楽しんでしまう剛の者ももちろんいるが、旅行会社に旅行手配を頼んでくるお客様はそうではない。

 

以前の自分ならば、徳川家光公のごとく、「(そんなに我がまま言うなら)鎖国じゃあ!」という気持ちになっていたと思うが、日々色々な国の人々と接しているとインバウンドを日本の骨太の産業にするにはもう少し時間がかかるなというあきらめにも似た気持ちになってきている。だいたいどこの国でも現地になじんでしまう、日本人が特異な存在なのだ(きっと)。

 

勤勉な我らは、経験値がたまってさえくれば、相手を理解して、今より様々な相手をおもんぱかった「おもてなし」をできるようになるに違いないという信じてもいる。

 

新しい事を軌道に乗せるには、根気と時間が必要なのだ。

 

海外の人に意外と人気がないお菓子、それは、あんこが入ったお餅。おいしいのに。(写真は、新潟名物笹団子。温めると笹の香りがよく、お餅が柔らかくなって美味)

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春待つ桜にウグイス

フィジーで観光客相手にダイビングのガイドをしていた方から聞いた話。

 

フィジーでのんびり住んで、仕事がある時にガイドをする生活に、「気候が良い場所で、のんびりな羨ましい生活ですね」と言った所、

 

「一年中ずっと同じ気候で、何だか四季がある日本に戻りたくなりましたよ」と。

 

寒くて暖かい春を待ちわびたり、暑過ぎて冬の寒さを懐かしく思ったり、秋の味覚を楽しみにしたり、普通であることは日本限定だったのだ。

 

寒い日が続く中、春の気配を感じで嬉しくなる事は、普通で当たり前じゃなくて、大切で愛おしい事だと思うのです。

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此岸と彼岸を行ったり来たり 夏に見たいアニメ3選

 とても個人的な事なのですが、夏の時期は試験があったり、外資系企業の決算業務があったり(注:経理担当者がバカンスでいなくて、なかなか進まない)、フラのイベントがあったり、多忙です。

 

 その上、暑さが苦手なので外出をあまりしないし、夏は休まないので旅行にも行かない。手軽に楽しめる怖い話を聞いたり、読んだり、怖いゲームをしたり、ひたすらにインドアに過ごしてしまいます。今年は8月、9月とあまり暑くないですが、この時期の私はいつもこんな感じです。

 

 江戸時代、夏、講談師も噺家も季節の話として、怪談を高座にかけます。また怖い浮世絵を見たり、皆で夜に集まって、お寺などで百の怖い話をしたり、肝試しをしたりで、涼をとっていました。自分の夏における行動と比べてみても、風潮から見ても、それは現代においてもそう変わらないなと思います。

 

 7月や8月は日本において、生と死の境目が薄くなる時期のような気がします。お盆で先祖の霊を迎えたり、花火大会は鎮魂の意味があったりもするそうです。また1945年8月15日に太平洋戦争が終結したことにより、それまでに亡くなった方やその後の混乱により亡くなった方の特集やドキュメンタリーが流れ、生死について考える機会が多い時期でもあります。

 

 そういうわけで、この時期は怖い話、不思議な話、リアルな生死の話、それにまつわる話などを過剰に摂取してしまいます。ただ怖くないわけではなく、存分に怖くなり夜の物音に敏感に反応したり、悪夢をみたりもします。

 

 話はそれてしまいましたが、そんな生と死、生者と死者がとても近くにある夏に、お勧めするアニメ3本をご紹介したいと思います。

 

1. Another 

 綾辻行人先生の小説がアニメ化されました。文章でのトリックをアニメでどう表現するか、話題になりました。原作を読まずにアニメを先に見たので、ラストは衝撃でした。生者の中に隠れた死者は誰なのか、夜見山北中学高3年3組の秘密を解き明かすミステリーです。絵が美麗なのですが、その分惨劇のシーンにはずっしりときます。

あなたの隣にいる人は、本当に生きている人ですか。

 

www.mxtv.co.jp

 

2. 魍魎の匣

 京極夏彦先生の百鬼夜行シリーズがアニメ化されました。私は、戦後のごたごたの時代設定がツボなので、このシリーズには大いにハマりました。思春期の百合っぽい女子の関係や731部隊の意思を継ぐ人物に、バラバラ殺人、新興宗教団体が絡み、物語はどんどん複雑になっていきます。強面の刑事の木場が、デレるのも個人的には好きです。

 

 冒頭、箱の中の少女が「ほう」という所が好きなシーンです。

 

 この夏にNHKスペシャルで、731部隊スペシャルをやっていたので、世界観が少しリアルに感じられるような気がしました。

魍魎の匣(もうりょうのはこ)

www.nhk.or.jp

 

 3.鬼灯の冷徹

 平安時代、現世で悪事を働くと地獄に落ちるぞという話で、現世で善い行いをすべきという教えを僧侶は教えていました。地獄はとても恐ろしい場所であると人々は信じて疑いませんでした。そののち武士の世を経て、江戸時代に入ると地獄は滑稽な作り話のような存在になってきました。

 

 そんな江戸時代の世界観に近いような気がします。鬼灯様の苦労、上司や多種多様な獄卒たちを見ていると、地獄も現世も一緒だなとしみじみ思いました。10月から第2期が始まるので、今から楽しみです。キャラが多くなりすぎると、キャラの性格が薄くなりがちなので、ちょっと心配です。

 こんな地獄なら行ってみたい。

  

www.hozukino-reitetsu.com

 

【おまけ】 

 日本で育ってきているので、日本もののホラーは、煽りだけでも怖いものが多く、あまり見ないのですが、自分の人生の中で最も怖いのは、「SIREN」です。

 

 こちらは、ゲームなのですが、戦う術は無く、ひたすらに隠れ、逃げるという斬新な仕様と内容が私にどんぴしゃで恐怖を与えます。CMが怖すぎて、放送禁止になったことでも有名かと思います。「零」は霊写器で敵を倒せますので、怖いけど何とかクリアできましたが、SIRENはお手上げでした。

www.jp.playstation.com


 「SIERN]は映画も作られました。酷評が多かったのですが、閉鎖された空間、土着の文化、宗教、排他的な人間関係、怖さの要素は詰まっています。堤幸彦監督の作品ですので、トリックのような感じもしますが。



 怖い怖いと思いながらも、ついつい一人暮らしの友人から家に何かがいるという話も収集してしまう、怖がりな私の夏のお勧めアニメ(+ゲーム)でした。 

 

 ちなみに友人の話は、夜中にウサギが騒ぎ出し、しばらくしたピタッと動きが止まり誰もいない場所をじっと見ていたり、寝ていると遠くにお祭りのお囃子が聞こえたり、寝ている時に腕をつままれたり等というものでした。

 

 ただ、このエントリーを書いている時に、何度もはてなが落ちて、文章が消えたり、保存したものが失われたりしました。色々な意味でめちゃめちゃ怖かったです。

 

特別お題「夏の《映画・ドラマ・アニメ》」

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