ぴこのねごと

さあ、つかの間の現実逃避へ。 旅とフラと時々経理の話

マウイ島 マウナレオの霧に抱かれて寝落ちする

がごっ

朝の通勤電車に鈍く大きな後頭部を打ち付けた音が響く。

音に驚き目が覚める。

 

音量の割には痛くないのだが、周りの人の視線が痛い。さっきまで曲を聴きながらフラの振付をさらっていたのだが、いつの間にか寝落ちていたようだ。

 

6月から少しずつフラレッスンも再開し、ハワイアンミュージックに心癒され、その優しいハンドモーションに踊りに緊張している心がするすると解けていくようだ。これはフラを始めた2011年にも感じたことがある。あれから9年経って、再び目が覚めるような気分だ。

 

9月からのレッスン曲は、Keali’i Reichelの名曲「Maunaleo」だ。

 

多くのハワイアンソングの中で、たまに出会う思い入れがある曲でもある。なかなか踊る機会に恵まれず、今回自分のレッスンで生徒さんに教えることになり、初めて長期的な期間(とは言え年末までだが)踊ることになった。

 

落語家さんが噺にのまれることがあるというのと同様に、この曲にのまれてしまうことがある。自分の心地よいと思う波長に合ってしまうのか、ケアリーの声が心地よいのか、またその歌詞がとても雄大でお母様への敬愛にあふれているからなのかよく分からない。とにかく踊っていると曲に意識が吸い込まれてしまう様な気分になる。正確に踊れているのか認識できなくなる。

 

インストラクターとしてレッスンを受けてから数年ぶりに踊るので、振付をさらいながら、曲を聴いていると、寝落ちしてしまったり、気が付けば曲が終わっていたり。なんだこれ、全集中マウナレオの呼吸で知らないうちに攻撃されているのか。ユウナに成仏させられそうになるアーロンさんの如く、とにかく意識を持っていかれる。

 

マウナレオは、マウイ島ワイルクにある山で、こだまの響く山だそう。渓谷入口の左側に鎮座している。数年前にマウイ島に行った時は、時間と足が無くて訪れることを泣く泣く諦めた、イアオ渓谷にある。

 

プウ・ククイ山の断崖に囲まれた渓谷で、作家のマーク・トウェインが太平洋のヨセミテと絶賛したということだが、残念がらヨセミテにも行ったことが無いので美しさについては自分の言葉では語れない。

 

この場所は、昔からアリイ(首長)に愛された場所で、午後の天気が曇りがちの時のみアリイ以外の人々が入ることが許された時代もあったそうだ。

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カフルイ空港から車で15分。ワイルクまでのバスがあるのだが、ワイルクからの足が車以外なし。

 

歌詞の中にも、きらめく霧雨、灰色の霧がかかる、マリエ(マウイ島ワイルクに吹く風の)の霧と何度も霧の表現が出てくる。渓谷は、ハワイでも2番目に雨の多い地域なので、本当に霧がかかりやすい場所なのだろう。フラで霧が出てくると裏の意味があるのかと勘ぐってしまうが、この曲はなさそうだ。

 

カメハメハ1世のハワイ全島統一の際に、マウイ島でも壮絶な戦いがこの地で行われた。また渓谷の山肌にある洞窟にはアリイたちの亡骸が祀られているとも言われている。戦いの時に渓谷を流れるイアオ川は血で真っ赤にそまり、死体によって川の流れがせきとめられた。その魂が霧になって現れるとかだったら、神聖さを超えてホラーだ。


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私がレッスンを受けているハラウでは、立って踊る振付だが、ケアリーが出ている動画では、ノホスタイルで座って踊っているものが多い。山を表現するのにとても合っている振付だと思う。

 

私が踊ったことがあるノホスタイルの曲には、「ヘエイア」というカヒコの曲がある。ウリウリという赤と黄色の羽で飾られた楽器を片手に持って、波を表現しながら踊る。サーフィンで遊ぶ人たちを歌っている曲だ。

 

曲とあっているからと言っても、上半身と座った状態の下半身での踊るのは、意外と大変だ。ヘエイアを練習していた時は、床についた足首やひざは痛いし、途中膝立ちになったりするので、バランスを取るのが難しい。地味な動きの割には、下半身へのダメージが大きい。

 


Keali'i Reichel - Maunaleo (HiSessions.com Acoustic Live!)

 

曲にのまれてしまうのは、私だけではなく、多くの人が踊りながらうっとりしてしまうようだ。発表会のDVDを観ていると、カオという、腰を上下に動かすステップがあるのだが、腰の動きとともに体も上下に動いてしまい、踊っている人たちがモグラたたきのもぐらみたいにひょこひょことなってしまっていた。残念。

 

曲がどんなに素晴らしくともダンサーの技術が無ければ、フラは完成されないのだ。

 

山をモチーフにしている圧倒的な存在感のある曲なので、どっしりと踊ってほしい。教える時にはこの部分を強調したいと考えている。幽玄な雰囲気も出したい。

 

曲の意味を捉えて、ハンドモーションとステップに反映させる。最後に感情を添えて。一曲一曲を大事に踊りたい。フラを踊れるのも教えるのもこれで最後かもしれないと思いながら、大事に踊っていきたい。もう一度iPhoneで曲を流す。イヤフォンからイントロが流れ出す。

 

曲について解釈や振付をさらっていく途中で、自分の在り方をカラボー神父から問われたグレイのように、自分はどうしたいのかを考えるのもいい。相も変わらず混沌とした世の中で、自分が幸福であればこのまま流れていくもよし、止まるのもよし。疲れたら休みながら、進んでいこうではないか…

マウナレオの霧に包まれて、意識が…とおく

すぅやぁ…

 

 

がごっ

 

再び後頭部を激しく電車の窓に打ち付ける音が社内に響いた。