ぴこのねごと

さあ、つかの間の現実逃避へ。 旅とフラと時々経理の話

残念な社長名鑑 - 課長社長のご機嫌毎日

たまに、「俺、社長と知り合いなんです」とか「社長とつながっちゃったんです」とか嬉しそうに言ってくる若い子がいる。「社長」というのは彼らの中で何か社会ですごい人の意があるのかもしれない。しかし今一度考えてほしい、いったい日本にはどのくらいの社長がいるのかということを。

 

キラキラしている目で嬉しそうに話している所に、おばちゃんが水を差すのは如何なものかと思うが、社長という肩書だけでその人物を高評価するのはいささか早計であると思う。明らかに悪い(社会的に法を犯している)社長であれば、すぐにわかると思うので、心を強く持っていれば逃げることは可能だし、騙されることも搾取されることもない。

 

しかしそれ以外の何となく微妙な「社長」というものがこの世の中には、存在する。そしてそういう微妙な人たちこそ、結構従業員を騙して、貴重な人の時間を搾取していたりする。やり方が微妙なため、従業員たちは自分が何をされているのか分からなかったりする。

 

私は、微妙な彼、彼女らを「課長社長」と密かに呼んでいる。そういう社長もいるのだと記憶の片隅に留めておき、おかしいと思ったら思い出して、冷静な判断をして欲しいと思う。

 

 

季節感が全く無いのだが、そんな社長の一人を紹介したいと思う。法人、人物が分からないように脚色しており、全て仮名である。

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1月某日、会社のエアコンは壊れている。

 

猛暑だった去年の夏は、確かにエアコンは機能しており、オフィスはキンキンに冷えていた。しかし晩秋以降、エアコンは全くオフィスを温めてくれなかった。

 

何度か管理会社に連絡を取ろうと社長に連絡先を聞くのだが、「契約書を探しておく」と言ったまま、未だ教えてもらえていない。社長はフィルターが汚れているのではないかと思ったのか、年末にエアコン清掃業者を頼んだとどや顔で言ってきた。そういう感じの故障じゃないのにと思ったのだが、聞いてはくれないと思い、「ソウデスカ。アリガトウゴザイマス」と言って話を流した。

 

案の定、エアコン清掃が終わっても、エアコンはオフィスを温めてはくれなかった。社長は、「おかしいなぁ」と言ったきり、本件についてこれ以上、行動を起こそうとはしなかった。オフィスを出たり入ったりで、そんなに寒さを感じないので、問題意識が低いのだろう。

 

 

創業3年目のイベント会社だ。日本の事を海外で紹介するイベントや、海外の会社の日本視察や、日本で海外企業の紹介イベントなどをサポートする事業を行っている。インバウンド産業が盛り上がりを見せると、その恩恵を受け、この新参者は急激に成長した。社員は4名、社長を含めて5人の規模の小さなスタートアップの会社で、私は、経理総務その他雑務を担当している。

 

社長は、高校からアメリカにわたり、大学をそのままアメリカで卒業し、いくつかの日本企業のアメリカ子会社に就職、転職し、リーマンショックの時に職を失い、日本に戻ってきたらしい。その後、40歳の時に起業し、2年間は大変な思いをしたようだが、流行りに乗って事業は急成長した。

 

「海外で就労経験があり英語ができる日本人が、欧米目線でイベントを提案します」というセールストークは、外国人にとっては魅力的に映るようだ。また欧米でのビジネスの仕方を知っているので、くみしやすいというのもあるだろう。社長は、誰も手を付けない案件を取ってきては、誇らしげに仕事を取れたことを報告してくるが、苦労の割に利益がトントンまたはマイナスになるゴミを押し付けられた可能性については考えていないようだ。

 

 

1月、2台あるエアコンのうち、1台を駆使して何とか暖を取っていた。しかし社長は耐えきれなくなったのか、2月に入って早々に足元を温めるヒーターを経費で購入した。皆少し喜んだが、「ガラス窓が二つある自分の席が一番寒いのだ」と社長は主張し、ヒーターは自分の足元のみを温める場所に置かれた。その態度にがっかりした社員たちは、仕方なしに各自カイロを貼ったり、ウルトラダウンを着て仕事に励んでいたが、パソコンのキーボードを打つ、紫になった指の爪を見ながら、いっそのこと社員全員がインフルエンザに罹患して、オフィスが閉まってしまえばいいと思いながら仕事をしていた。

 

 

「来週から、俺、ベガスに2週間出張に行ってくるから」

 

唐突な発言とご機嫌な社長の表情に、オフィスの温度は更に冷えた。今年は例年より暖かいとは言え、2月の今日の最高気温は5度だ。

 

社長の机の前に、ヒラたちが机を向かい合わせで並んでいると言う、欧米目線もびっくりな、ザ・日本企業のレイアウトのため、一人が発言すると皆が耳を傾ける。簡単なコミュニケーションが、口頭で取れるというのはこの規模の会社の良いところでもある。

 

私は予定表を確認したが、社長の予定は空白だった。前に座っている外川さんとアイコンタクトを取ったが、無言で首を振るだけで、彼女も知らなかったようだ。必死に春のイベントの手配や最終確認をしていた他の二人の手も止まった。

 

「向こうのエージェントがラスベガスで日本イベントをしたいと急に言い出して、急に行く事が決まったんだよ。広告代理店の友達、北原さんも行く事になったから、よろしく」

 

社長が”友達”という時は、その人の権威を自分のものとしてアピールしたい時だ。大体仕事で付き合っているだけの人を友達とは言わない。相手から見れば、カモになりやすい新米社長だろう。

 

「よろしくとは、具体的に何にでしょうか」

 

一人の予約手配担当の外川さんが聞いた。交通手段、宿泊先、会場、出演者諸々の手配を一手に引き受けているため、急な予定やキャンセル時には、社内で最も被害を受ける立場にある。

 

「いやあ、留守の間、オフィスを宜しくって意味だよ。ホテルも飛行機も全部、俺が手配したからさ。大丈夫だよ」

 

お前が勝手にこの繁忙期に仕事を取ってきたんだから、自分でどうにかするのは当然だろうと心の中で突っ込んだ。私以外の2人は、国内営業兼イベント進行、通訳兼外国人の来客アシストの業務をしている。少人数で仕事をしているため、イベントが多い春と秋は予定していない仕事には、誰も手が回らない。昨日も終電ダッシュの時間までぎりぎりで働いていたのだ。

 

予約担当の外川さんは安堵したように「ソウデスカ」と棒読みで言い、進行中のイベントの手配に戻っていった。営業と通訳もイベントのスケジュール確認やイベントの人材確保の業務に戻った。

 

その後出張までの間打ち合わせがあるといい、社長はオフィスにはほとんど来なくなった。出張から戻ってくるまでの間、社長の足元にあったヒーターを有効活用し、社内にいるスタッフ全員が温まれるように配置して、2月は何とか寒さをしのいだ。

 

 

 

3月、大量の領収書とともに長期出張から社長が戻ってきた。

 

 

 

社長の経費精算の領収書とコーポレートカードの領収書をチェックするのは私の仕事だ。経費の金額を集計しながら、内容をチェックする。チェックを進めていると某有名ブランドでバッグ等を購入した領収書が何枚も出てきた。合計すると100万円弱ある。これはちょっとただ事ではない。この視察旅行のこの予算には含まれていないし、そんなに利益も見込んでいないため、これが経費に入ると完全に赤字だ。

 

「社長、これは何用に使用された経費なのでしょうか?予算には入っていなかったものですし、高額なので税理士からも質問が来ると思います」

 

「あ〜それ。言うの忘れてた。北原さんに頼まれたので、購入したんだよ。その分のお金は、請求書に上乗せしていいって言われてるから、全然大丈夫だよ。経費精算のお金は、俺に渡してね」

 

 

詳細を聞いてみると、どうやら”友達”の北原氏が、自分の買い物をラスベガスでしたようだ。直接自分の会社の金は使えないため、弊社を使って高級なバッグ等を購入、弊社で仕入として経費に入れ、北原氏の会社へバッグ代を上乗せして請求書を作成しろということらしい。

 

請求書に上乗せしろって、大丈夫なのかなと思う。が、一式として処理している限り内容は分かりづらい。入金が無かったとしても、弊社がその支払を被るだけだ。調査でばれたたとしても、交際費や社長の給与になるくらいか。あ、でも北原氏が横領などで問題になった時は、弊社に何か罪をなすりつけられるかも。

 

思考が一気に巡った。ばれなければいいということではないが、ま、聞いてはもらえないし、ご機嫌な所に水を差してもどうかと思うと結論付けて、そのままとした。将来の税務調査のために目立つように強力粘着ふせんをつけておいた。調査官に見つかった時に自分で説明するがいいよ。

 

 

その日の午後、「定例ミーティングやるぞー」と社長が言い出した。

 

 

全員が座れるようなミーティングスペースはないので、机に座って、各自パソコンで議題を見ながら、話をするスタイルだ。

 

「この前のアメリカ出張で、いくつか仕事が取れたので、情報共有をする」

 

定例ミーティングと言っても私たちからの報告は随時行っているので、議題は社長からのものしかない。社長の社長による社長のための定例会議だ。

 

「4月後半に富裕層のイベント視察5組のアテンド、5月に視察旅行兼観光のアメリカ系インド人グループ10名の東京観光サポート、これは旅程作成も急ぎで頼む」

 

調子良く指示出しをしている途中で、通訳の相原くんが話を遮る。

 

「すみません、それって来年の2020年の5月の話ですか」

 

「いや、今年の5月だよ。まだ2ヶ月あるから大丈夫でしょ。よろしく。」

 

通訳相原くんは、それ以上話を進めるのを止めてしまった。専門用語を交えた通訳を出来る人はとても少なく手配が難しいのだ。予算もとても厳しい。自分も現場に出てしまうので、対応ができないのだ。顔が青ざめている。

 

「いやー別件の仕事で行ったのに他の仕事も取れちゃって、有難いよね。皆もこういうのを取ってこれるようにならないとね」

 

すがすがしいほど、社長はご機嫌だ。

 

 

今度は、新規業務のスケジュールを確認していた外川さんが、話を始める。

 

「こんな旅行シーズン真っ盛りに予定が開いているガイドさんは確保が難しいです。ホテルも交通機関も空いてないですよ。まして今年は10連休ですし、この予算内ではとても手配ができるとは思えません。また視察する施設も連休中なので空いていない、または視察の対応に人員がさけないと思います」

 

「じゃあこのミーティングが終わったらすぐに手配始めてよ。俺の仕事を最優先で進めて。ベンチャーはスピードが命って前から言ってるでしょ。予算が無理というのはできない言い訳だよ。イノベーションを起こすのが、うちの会社だからさ」

 

外川さんは呆れた顔をして、「やるだけやりますけど、予算ギリギリまたは赤字だと思います。行程は遂行できても、6割位だと見積ります」と小さい声で言った。

 

最後まで話を聞いていなかったのか、社長はご機嫌だ。

 

 

「いやー今年は売上前年比300%いっちゃうかな」

 

 

 

売上が300%達成しても、粗利が下がっていたら意味が無いと思うが、残念ながら、期中は現金主義で会計処理しているため、毎月の損益は本当の姿を現してはくれない。発生主義について何度も説明したが、手間がかかるの一点張りで、見越・繰延をさせてくれない。毎月の損益が分からない試算表に何の意味があるだろうか。そもそも何を根拠に300%と言っているのだろうか。

 

 

 

社長がご機嫌な程、まわりの空気が冷えていくこの現象の名前は知らない。ただ社長を動かす考えは、会社の中間管理、課長や係長のそれにとてもよく似ている。その場の難を逃れれば問題は解決している気になる。問題は他部署に回せば、俺の仕事ではないという認識になる。自分の会社なのだから、会社名を名乗ってしている仕事は全部あなたの仕事なのだが。もうすぐ桜も咲こうという、今日この頃。オフィスはキンキンに冷えている。

 

言わずもがな、この急ぎの案件は、旅行客、現地の旅行代理店と弊社を交えて、大炎上で幕を閉じた。合掌。