ひつじのおさんぽ

一人旅とフラと時々落語

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落語初心者覚書 なぜ今落語に魅かれているのか

 落語を、楽しむべくに日々精進中です。

 

 そんな中、最近この記事を読んで、何故はまっているのか、腹落ちしました。

 

はてなブックマーク - 特集ワイド:魅力満載、若手落語家が熱い 満員御礼、修業耐えやっと二ツ目/食えなくても充実 - 毎日新聞

 

青木さんは「時代が落語を求めている」と見る。「落語はちょっと元気がない時に聴くのがいい。なぜなら、落語の主人公は失敗してばかり。でも長屋のコミュニティーで村八分に遭うことはない。立川談志師匠は『落語とは人間の業の肯定』とおっしゃいました。落語の人気が低迷したのは高度成長期とバブルの1980年代。絶好調の時、人は落語を求めない。今のブームは不透明で先行き不安な時代ゆえではないでしょうか」

 

 談志師匠の「落語とは人間の業の肯定」という部分が特にぐっときました。落語はダメな人にも優しいし、はたまたサゲを間違えても、「ん?」みたいなふんわりした感じで終わることもあり、そんなゆるふわな部分が(もちろん芸の道は厳しいのだと思いますが)、自分自身にかけた制約を独りよがりでばかばかしいものだと緩めてくれる気がします。

 踊りは間違えたらダメだけど、歌詞や曲調の部分が、現代フラ(アウアナ)の曲の緩さや、やさしさに通じるところがあると思いました。心が本来の自分に戻っていくような感覚があります。

 

 またそんなこと言って大丈夫なの!?ということもうまく言い放つ、小気味の良さもはまっている要因の一つです。

 

 立川志らく師匠は、「全身落語家読本」 新潮選書 Amazon CAPTCHA の冒頭の部分で落語家を乗り物に例えたのち、面白い落語と面白くない落語を分けていました。

 

簡単に言えば、新幹線やブルートレイン、SL機関車みたいな落語が面白くて、駕籠屋や人力車みたいな落語が面白くないのである。

 

ばっさり、、、ちなみに駕籠屋や人力車みたいな落語家さんとは、

 

落語を何の創意工夫もせず(当人たちに言わせればしているのであろうが、他の芸能、芸術の分野からするとしていないに等しい)、淡々と教わったまんまに語っている咄家は ー中略ー 駕籠屋さん -中略ー「駕籠のよさが分からないとは、近頃の若い奴等はしょうがねえなあ」と嘆きながら、いつしかまた自分たちにスポットライトが当たることを祈りつつ生きている。 -中略ー 中途半端な新作落語を演っている咄家(新作のくせに現代とズレている咄家のこと)は、こうなると人力車だ。「駕籠よりかは新しいだろ!」と少々プライドがあるが、五十歩百歩である。

 

 のような方々とのこと。初心者から見ると、こんなこと言っちゃって大丈夫なのかと思うのですが、ちょこちょこフォローというかノリ突込みのようなコメントが入っており、不快感がありません。むしろ、落語の事をとても大事に思っていることが伝わってきました。ちなみに、その後「笑点」や「学校寄席」についても語られており、はらはらしながら読み進めました。

 

 まだ初心者なので、面白くないな~普通だなあと思う感覚が、経験不足から来るものなのか、本当にそうだったのか、寄席の客層に自分が合っておらず楽しめなかっただけなのかよく分かりません。まずは気になる噺家さんを見付けて、地味にストーキングすることから始めてみています。

 

 先日、某下町で昼間に行われている落語会に行ってきたのですが、何だかとても不思議な感じを受けました。常連さん半分くらい、たまに来る人少々みたいな雰囲気でした。常連さん達は、始まるまで世間話をしている、若いカップルや、ぼっちの人(ひつじ他)はそれぞれ自分の世界に入っているという雰囲気。

 

 会が始まれば、会場は笑いに包まれて、いい雰囲気に盛り上がっておりました。トリの噺家さんが出てきてから、笑いもあったのですが、他の噺家さんの時と少し会場の雰囲気がふんわりしていました。大部分を占める常連さんたちはこの人の事を好きなんだろうな~と思ったのですが、私は、所作、着物の着方や「たらちね」の八公のキャラが苦手過ぎて、次はないかもと思ってしまいました。みんなが面白いものが、私の面白いものではないのだと、またその逆もしかりだと、改めて感じました。

 

 渋谷らくごが、今週金曜日から始まります。落語が気になっている方は、好みの落語家さんを見付けることから始めるのはいかがでしょうか。疲れた心も元に戻って、いい感じになるんじゃないかと思います。

eurolive.jp

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江戸には、廓噺に出てくるこんな美女がたくさんいたんですかね。妄想膨らみます。    

 

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