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ひつじのおさんぽ

不思議や奇妙な事,面白い事に心惹かれます。

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ようこそ地獄、たのしい地獄展 国立公文書館で閻魔様と握手

散歩

 先日、国立公文書館「ようこそ地獄、たのしい地獄」展へ行ってきました。

展示会情報:国立公文書館

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 借金地獄、地獄の沙汰も金次第、地獄温泉など「地獄」を使用した文字は多いですが、地獄って一体何だろう、実際どんなところなんだろうと気になりまして。「鬼灯の冷徹」によると獄卒として働くには、何やら楽し気な所なのです。実際には地獄が含まれる単語は危険で裏社会的ないけない臭いがします。

 

それでは、地獄の一丁目からさんぽしていきましょう。

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1.地獄についての考えは、古代エジプトが起源

 

 地獄についての考え方は、平安時代あたりに、古代エジプトからインドへ、その後中国で道教の考えが混じり、日本の土着宗教に広がっていきました。

 

 展示されていた地獄関連の文献は、圧倒的に平安時代あたりのものが多かったです。現世での行いは死後に裁かれ、罪ある者は各種地獄(衆合地獄大叫喚地獄黒縄地獄など)に送られて、獄卒(死者を苛む鬼)によって、責め苦を味あわされます。「往生要集」では極楽浄土へ生まれ変わる方法を解脱しつつ、地獄の恐ろしさを具体的に語り、地獄の苦しみから逃れるためには功徳を積むように説いたそうです。人々が善い行いをするように教育をするのに使われました。

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(黒縄地獄 :岩石を負わされ、鉄縄の上を歩かされる。墜落すると下の釜で茹でられてしまう)

 

 今の様に情報が氾濫しておらず、インターネットなんてない世の中、地獄が本当にあるのか検証なんてできません。尊敬するお坊さんにそんな説教をされたら、地獄は怖い、行きたくないから悪い事しないっという発想になってしまうのかもしれません。

 

2.地獄に対する大衆の考え方の変化

 

 時代が下るにつれて、地獄の考えで人の行動を縛るのは難しくなっていくようです。「太平記」などの南北朝時代を代表とする軍記物語に登場する武士たちは、たびたび「勇猛に戦って地獄へ行こう」などのセリフを言ったりします。その後鎌倉時代室町時代、戦国時代の武士たちは極楽往生を諦めて、凄惨な現実の戦場を見つめるような考えに傾いていったようです。

 

    その風潮からか「地獄破り」と呼ばれる物語が描かれてるようになり、地獄を恐れない風潮に変わっていきます。その後、平和になった江戸時代には地獄は怖さが薄れ、お笑いになっていきました。それは世界大戦を経た今現在でも変わらない気がします。

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(閻魔様もこんなにポップに描かれています。)

 戦争や天災により大衆が、「あの世の地獄」より「この世の地獄」という考えにシフトしていったのも、道理のような気がします。生きているのはいつの時代だって、大変なのですから。

  

3.地獄は何処にあると考えられていたのでしょうか

   

    サンスクリット語のNaraka(奈落の語源)は、「地下の牢獄」(=地獄)を意味し、仏典によれば、閻浮堤(えんぶだい、この世)の地下に広がっているといいます。しかし道教や日本古来の信仰と混ざった結果、地獄は様々な場所に広がっていきます。

 

    「今昔物語集」には母を亡くした3人の子供が越中立山(現在の富山県中新川郡立山町の地獄谷)へ行き、亡き母と再会する話が語られるそうです。山中他界(山中に死後の世界があると言う民俗信仰)の考え方と仏教が融合した結果、火山活動による噴気地帯が地獄と捉えられていたそうです。日本各地にある地獄の付く地名も、当時の人々に地獄として捉えられていたのでしょう。

    

    次にご紹介しようとしている理不尽で救いようの無いと思われる物語では、日高川の底が地獄の場所となっていました。

 

    死後の世界、地獄の光景について、当時の人々の想像豊かなことに軽く感動しました。

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4.安珍清姫の伝説 恋の地獄

 

    「道成寺絵詞(どうじょうじえことば)」が展示されていました。道成寺が所蔵する「道成寺縁起絵巻」の異本に該当する絵巻で、オリジナルとは諸々詳細が異なるのですが、ラストが大きく異なります。

 

 三井寺の僧の賢学は、長者の娘と深い因縁で結ばれていると夢のお告げを受けて、修行の妨げになると恐れて、その娘を殺害します。時が過ぎて、清水寺で美しい娘に出会た賢学は、契りを結びますが、その娘は以前殺害した娘であることに気が付きます。娘は一命をとりとめ、生きていたのです。恐ろしく思った賢学は娘を捨てて逃げ出しますが、娘は愛しい賢学を追いかけます。

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(注:デコが写っちゃいました。霊とかではありません。)

 日高川を渡るうちに娘は蛇体に変身し、ある寺に賢学を追い詰めます。

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 賢学は鐘の中に逃げ込みますが、蛇体の娘は空に絡みつき、金を壊して賢学を捕まえ、ともに「奈落の底(=地獄)」に沈もうと言って、賢学を日高川の底へと連れて行きます。

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 日高川でのシーンが非常に恐怖でした。

 「どちらまでお逃げになるのでしょう?どれほどお逃げになっても、逃がしはしませんよ。私が幼い頃、何も悪い事をしていないのに、殺そうとなさいましたが、今、私をお見捨てになるのなら、その時、お捨てになればよかったでしょうよ」と蛇体の娘が船を追ってくる。夢のお告げで、修行の妨げになるから人を殺すって、何たる自己中ですが、それを追ってくる娘もなかなかです。

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 船頭さんのセリフも秀逸です。「何の因果でこんな人を船に乗せたんだろう」と。こういう人身近でいませんか。     

 

 男女というのはいつの時代も一筋縄ではいきませんね。恋人、夫婦の事は、他人からは何にも言えないものですね。最悪までこじれてしまえば地獄です。

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 本家の話もなかなか理不尽です。絵解き説法を聴いて、私のもやもやを晴らしたいです。どこをもって悲恋物語というのか興味があります。

道成寺 - 安珍と清姫の物語

  

5.最後に

 

   いつの時代でも人々の不安や心の葛藤は変わらず、その犯す罪もまた変わらないようです。理不尽で遣る瀬無い事件が起こる現在において、「あんた、地獄に落ちるわよ」システムが働かないのは大変残念な事だと思いました。もし全ての事件や犯罪の抑止力に、「死後地獄の責め苦が待っているという考え」がなるのなら、人間はもっと平和に生きていけるのではないでしょうか。

 

   動物としての本能と人間としての理性、そのせめぎ合いの中で生きている、とても不安定な人間としての在り方は、何千年経っても変わらないものなんだなと思いました。自分は不安定で、内面にカオスを抱えていること、また相手も然りだと思いながら、生きていくことしかできないなと改めて実感しました。

 

    それでは、昼は朝廷の宰相、夜は閻魔庁の冥官の小野篁先生と共に、お別れしたいと思います。

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 それではまた、次のおさんぽでお会いしましょう。

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